子どもの権利条約の背景

(1) 子どもの権利条約の歴史

 

「子どもの権利条約」は、大きな戦争の悲劇を基底とし、
宣言から条約へ・・・というような過程を踏んできました。

 

具体的には、以下のような歴史的経過を辿り今に至ります。

 

・1909年、アメリカ、第一回白亜館会議(White House Conference of Children)

 

この白亜館会議の開会挨拶で、ルーズベルト大統領は、
「児童を育成することは、明日の国民を育成することである。」と述べています。

 

その後、第三回白亜館会議(1930年)、フーバー大統領の時代に、
Children's Charter(アメリカ児童憲章)が採択されています。

 

Children's Charter(アメリカ児童憲章)には、
人種、皮膚の色、境遇を問わず、すべての児童の権利が明記されています。

 

(2) 子どもの権利条約の概要

 

子どもの権利条約は、前文と3部54条で構成されています。

 

内容は、第一部は条約の実体規定であり、
第二部は条約締結国の義務について、
そして第三部はその方法についてとなっていて、
18歳未満の、すべての子どもの保護と基本的人権の尊重、
そして最善の利益が目的となっています。

 

また、大人に認めている物事を、
子どもにも認めていこうという姿勢が基本になっています。

 

 

条文の例

 

 ・第2条「差別の禁止」

 

 すべての子どもが差別なく大切にされる世界

 

 ・第3条「子どもの最善の利益」

 

 子どもの立場から何が最も良い事かを考えてくれる世界

 

 子どもの最善の利益(The Child's Best Interests)は、
子どもに関係のあるすべてのことは、
大人の都合で勝手に決めず、何が子どもにって幸福なのかを
常に考えなければならないこととしています。

 

 ・第12条「意見表明権」

 

 すべての子どもが自由に考え、自由に意見を述べ、自由に集える世界

 

 意見表明権(The Right to Express those Views)は、
誰もが自分の考えをもっており、大人は、子どもがそれを自由に言える環境を提供し、
話を聞いて、アドバイスしていくことが大切であるとしています。

 

 ・第13条「表現・情報の自由」

 

 すべての子どもが自由に考え、自由に意見を述べ、自由に集える世界

 

 ・第14条「思想・良心・宗教の自由」

 

 すべての子どもが自由に考え、自由に意見を述べ、自由に集える世界

 

 ・第19条「親による虐待、放任、搾取からの保護」

 

 子どもが暴力の犠牲とならない世界

 

 ・第20条「家庭環境を奪われた子どもの養護」

 

 不幸な境遇にある子ども達に救いの手が差し伸べられる世界

 

 ・第21条「養子縁組」

 

 不幸な境遇にある子ども達に救いの手が差し伸べられる世界

 

 ・第22条「難民の子どもの保護、援助など」

 

 不幸な境遇にある子ども達に救いの手が差し伸べられる世界

 

 ・第24条「健康・医療への権利」

 

 すべての子どもが学び、育っていくことが出来る世界

 

 ・第28条「教育への権利」

 

 すべての子どもが学び、育っていくことが出来る世界

 

 ・第31条「休息、余暇、遊び、文化的、芸術的生活への参加」

 

 すべての子どもが学び、育っていくことが出来る世界

 

 

子どもの権利条約の歴史

・1914〜1918年、第一次世界大戦

 

1914〜1918年の第一次世界大戦は、多くの子供達に大きな被害をもたらしました。

 

子供達は、親や住まい、教育を受ける機会や生活の安定を失ったのです。

 

・1919年、国際連盟の設立

 

規約第23条で、婦人・子どもの売買禁止が規定されました。

 

・1924年、ジュネーヴ宣言

 

1924年の国際連盟・児童の権利に関するジュネーヴ宣言の前文では、
「すべての国の男女は、子どもに対して最善のものを与える義務を負う」
ことを認め、子どもを緊急に救済し、保護するための5原則が掲げられました。

 

この宣言は、具体的に乏しく抽象的ですが、
第一次世界大戦の反省が込められています。

 

そして、子どもの権利についての宣言が、
世界で初めて出されたという事実は、とても意義があります。

 

 1 子どもは心身の正常な発達に必要な手段を与えなければならない。

 

 2 飢え、病気、発達遅滞、非行、孤児、浮浪児などはその状況に応じて
  援助されなければならない。

 

 3 危機に際して最初に救済を受けるのは子どもである。

 

 4 子どもの生活保障と搾取からの保護。

 

 5 子どもの才能は人類のために掲げられる自覚のもとに
  育てなければならない。

 

・1939〜1945年、第二次世界大戦

 

国際連合の設立。

 

・1948年、国際連合・世界人権宣言(Universal Declaration of Human Rights)の採択

 

・1952年、第一回子どもを守る国際会議開催

 

ウィーンにて、64カ国、約600人が参加し、
第一回子どもを守る国際会議が開催されました。

 

毎年6月1日を「国際子どもデー」とし、
子どもの権利を守るには、平和(反戦)、
民族の独立、自由と民主主義の養護であることを徹底しました。

 

1959年、国際連合・児童権利宣言

 

国際連合・児童権利宣言は、反戦平和と民主主義を基底とし、
基本的人権と人間の尊厳を確認し、
世界人権宣言の無差別の権利の上に立っています。

 

そして、子どもの権利が戦争と激しく対立し、平和と強く結びついている事、
子どもの権利のみならず人間のさまざまな側面における権利が深められ、
人権一般の歴史の中で位置づけられてきた事、
子どもの権利を擁護する主体が連動し、展望を切り開いてきたことなどが読み取れます。

 

・1978年、ポーランド、国連人権委員会「子どもの権利条約」草案の提出

 

・1979年、国際児童年

 

国連人権委員会、子どもの権利条約についての作業部会の設置。

 

・1986年、国際連合

 

「国内の又は国際的な里親委託及び養子縁組を特に考慮した児童の保護
及び福祉についての社会的及び法的な原則に関する宣言」の採択。

 

・1989年11月20日 国際連合

 

「子どもの権利条約」を採択。

 

 

日本国憲法第98条第2項では、
「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、
これを誠実に遵守することを必要とする」とあります。

 

これは、条約は、法律に優先し、憲法に準ずる効力を持つこと、
まさしく「宣言」ではなく「条約」の効力である事を示しています。